2010/02/11

変化する医師のマジョリティー・パワーと分権型ネットワーク

日本の医療を取り巻く状況では、使命・成果・戦略対応型リーダーなどという聞こえのよいリーダー像に対して、さらにもう1本の補助線を引いてみなければ本当のリーダー像は見えてきません。医師の「マジョリティー・パワー」がその補助線です。

自由開業医体制の現実と医療法、医療行政に通底してきた医療非営利説の虚構の微妙なバランスのうえに成り立ってきた、資本=経営=医療の病医院経営における一体化こそが、世界に冠たる(少なくも成立当初は)国民皆保険制度と、諸外国と比べた場合のマクロ医療経済のパフォーマンスの良さを下支えしてきた下部構造です。このような下部構造を基盤として持つ病医院経営者=医師のリーダーシップは当然、集権的カリスマの性格を帯びやすく、また、それは、混然と一体化された資本=経営=医療を組織原理として持つ病医院においては最も効率の良いリーダーシップ・スタイルでした。このカリスマ型リーダーの類型は、医師のプロフェッショナル・フリーダムと結びつき、なおかつ、医師のマジョリティー・パワーが自由開業医制度のメリットを存分に享受できる時、強固無比のものとなりました。

ところが、その医師のマジョリティー・パワーに大きな変化が表れています。まずは医師の絶対数です。確かに人口10万人当たり150人という必要医師数の設定に問題があり、そもそも医師が足りなかったという説もありますが、新臨床研修制度が引き金になり、医師の偏在化を生じさせたのは否めない事実です。そして、開業よりは勤務医としてのキャリアを選ばざるを得ないような諸々の状況です。医療計画による病床規制もさることながら、都市部では、土地・建物への投資の回収を医業専業で帳尻を合わせていくことは不可能に近い状況です。そもそもも一国一城の診療所や「ビル診」を開設したにせよ、先端高度医療をフォローする設備投資はできないから、行政は供給体制を整備して、専門分化を進めざるをえません。また、都市部の中小病院や診療所は相続・継承条件がネックになり、世代間の継続はますます難しいものになりつつあります。つまり、病医院マネジメントの資本=経営=医療の一体化というシナリオに、必ずしも積極的なメリットを見出しづらい医師が急増しているということです。このマジョリティー・パワーの変化は何を意味するのでしょうか。

まずは、資本、経営、医療をつないでいる鎖が徐々にゆるやかなものとなり、段階的に分離されるようになります。不動産会社等の所有する病医院建物・設備を医療法人や個人医師が賃借するといった「資本」と「経営・医療」の分離は、すでに80年代前半から始まっています。今後は、各種債権の組み合わせなどによる資本調達の多様化や、高度複雑化する組織マネジメントの時代的要請が、いやおうなく職能としての経営と医療をしだいに分離させていくことになります。専門による職能分化です。おのずと医師の医療組織における行動様式は、前述した集権的権威に根ざすものから、診療、医療といった本来の機能組織におけるプロフェッショナリズムに根ざすものへと質的転換が進むことになります。ただし、現行の医療法の医療非営利説と自由開業医制のなかで、スムーズに親世代から医業の継承を図り、オーナー医師として、旧来の集権的カリスマ型パターンを維持できる一部の階層は、今後とも健在です。要は、そのようなカリスマ型リーダーの相対的数が減少し、勤務医に見られるような職能的医師がマジョリティー・パワーとして増加していることです。

集権的権力基盤を持たない勤務医の行動様式は、職能分権型の機動的プロフェッショナリズムを代替的な基盤として位置づけざるを得なくなります。「機動的」とは、組織内部においては、分権型ネットワークでのキー・マンであり、組織外においては、自己の能力、キャリア志向に応じて比較的自由に雇用主を選択できる専門的職業人の性格を指します。

従来のリーダー論は、カリスマ的オーナー医師にみられるような、組織のなかのトップ一人のためのリーダー論がほとんどでした。しかし今日の状況によって求められているのは、医師、看護師、コ・メディカル、事務を問わず、どのような職能であれ、個々の仕事のネットワークのなかで、それぞれがリーダーとなることです。言葉を換えれば、各専門分野でのプロフェッショナルとして、他の専門分野、機能をネットワーク化させることにより、仕事の成果を上げていくことが求められているのです。
このようなリーダーは、固定的なユニットやヒエラルキー組織の組織長といったイメージではなく、主要な課題を中心として臨機応変に結成される「ハブ」のコアメンバーというイメージに近いものです。
医療の現場を振り返ってみれば、「主要な課題」とは、患者一人ひとりのケースであり、そのケースを中心に、医師、看護師、各種コ・メディカル、事務等々の専門職が、機動的に各専門の立場から関与するという仕事のスタイルです。患者を中心にして、仕事を展開する「ハブ」は、関連部門、関連専門職のネットワークを介した、病歴、症状、検査データ、治療、経過、等々のありとあらゆる情報の発信・受信、さらに情報の創造を通して職務を遂行します。その意味で、通常の病医院の組織図には表現されていない、情報をネットワーク型に編集するというのが、情報の流れからみた病医院の仕事の流れといえます。患者中心の機動的なチームづくりの必要性が声高に叫ばれながらも、なかなか「ハブ」が活性化されないのは、本来、情報ネットワークのなかでなされる知的成果志向がきわめて強い専門職の仕事と、職能による固定的なタテ割り組織に呪縛された旧態依然とした病院組織論の大いなる矛盾のためです。

組織図の姿がどうであれ、現場のイノベーションは通常、組織内ネットワークのなかでの相互連鎖的な知的刺激が起爆剤になって起こります。イノベーションと自己変革を目指す組織にとって必要なのは、カリスマ的トップ、組織長ではなく、自律的に動き、関連機能との積極的な情報のやりとりを通して仕事を創造していく、数多くのネットワーク型リーダーの存在なのです。

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